2017年01月

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った。そこで、中位の成績でモーゼズ・ブラウン・スクールを卒業したチャールズは、その後の三年間を自宅にとどまって、神秘学の徹底的な研究と墓地の探索にあてた。もちろん、世間からは常軌を逸した変わり者と見られ、ウォード家の友人たちの目から完全に脱落したところに毎日を送った。仕事への熱中度はいよいよ増大して、プロヴィデンスを遠くはなれた都市にも、古記録調査の旅行をつづけ、一度は南部まで足を伸ばして、沼沢地に住む白黒混血の老人の話を聞いた。ある新聞に、この老人についての奇怪な記事が載ったからだ。アディロンダック山脈内の小村を再度訪れたこともあった。やはり新聞紙上に、この小村が古い異様な祭儀を伝えている記事を読んだからである。ただ、その希望する旧大陸への旅行だけは、ついに両親が許してくれなかった。
 一九二三年四月に、チャールズ・ウォードは成年に達した。その少し前に、母方の祖父から、ちょっとした遺産を贈られたこともあって、これまで彼を阻んでいたヨーロッパ旅行を断行しようと決心した。その目的については、研究に必要な各所を遍歴するというほか、具体的な計画を語ろうとせず、ただ、両親にはたえず手紙を書き送り、行動を忠実かつ詳細に報告すると約束した。決意の固さを見てとると、両親も説得を諦め、可能なかぎりの援助をあたえる方針に転じた。その年の六月、チャールズ青年は父と母から別れの祝福を受け、イギリスのリヴァプール港にむけて出帆することになった。両親は愛息の旅立ちをボストン港まで送って、チャールズタウンのホワイト・スター波止場から、船の見えなくなるまで、手を振った。航海はつつがなく、目的港に到着し、やがて手紙が届いて、ロンドンのグレイト・ラッセル街に落ち着いた旨を知らせてきた。それにはまた、当分のあいだ、知人との交友をいっさい避け、借り受けた部屋と大英博物館のあいだの往復に終始し、博物館所蔵の関係文書を調べつくす考えだとしてあった。しかし、ロンドンにおける日常生活については、かくべつ報告に値することがないとの理由で、ほとんど触れるところがなく、借り受けた数室のうち、一部屋を実験室にあてたと書いてあるのを見ても、チャールズの頭の全全部とが、調査と実験に占められているのが推察された。好古家の心をそそるドームと尖塔の古都ロンドン。入り組んだ街路と小路。その迷路が突如ひらけて、眺望をほしいままにできるときの驚きと歓び。その散策の愉《たの》しさも忘れて、研究の新鮮な興味に浸っている愛息の姿を想像して、両親はこれを、むしろよき兆候と受けとるのだった。
 一九二四年六月、簡単な文面の手紙が、これからパリへむけて出発すると知らせてきた。パリには以前にも、一度か二度、飛行機で訪れて、|国 民 図 書 館《ビブリオテーク・ナシオナール》所蔵の資料を調査したことがあって、未見の都市ではないとしてあった。その後三ヵ月のあいだに、届いた便りは葉書一枚だけで、それには、現在の住所はサン・ジャック街、目下、無名の個人収集家の書庫で、未刊の草稿の特別調査にあたっていると記してあった。この都会でも、知人と顔をあわせるのは意識して避けていた様子で、アメリカに帰国した観光客があると、両親はさっそく、愛息の消息を問いあわせるのだったが、姿を見かけたこともないとの返事だった。それからしばらくは完全に音信が途絶えた。そして、十月にはいって、ウォード家はプラハからの絵葉書を受けとった。それによってチャールズが、ある高齢の人物と面会する目的

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 ところで、それが神々のあいだに取り交わされる会話の材料となる。いまも墓のなかで、神々は語りあっている。言葉による会話でなく、思考と思考がそのまま交換されるのだ。遠い昔、地上に人類が誕生したdermes 價錢ときも、神々は感受性のもっとも鋭い男を選んで、夢に姿を現わし、語りかけた。血と肉に包まれた人間の心に、神々の意向を伝えるには、それが唯一の方法であったのだ。
 そしてこの最初の人類が――と、カストロ老人は声を低めていった――偉大なる古き神々から示されたいくつかの小聖像を中心に、彼らの教義を作りあげた。その聖像は、永劫の時間を経て、暗い星々から運び来たったものである。この宗教は、星の位置が正しくなるまで死滅することがない。高僧たちも、大祭司クトゥルフが墓から立ちあがって、使徒たちを甦《よみがえ》らせ、地球の支配力をふたたびとり戻すのに手を貸すはずである。その日はかならず到来する。そして〈偉大なる古き神々〉と同じ境地に達した人類は、善と悪とを超越した自由の世界を悦び、法も道徳もかなぐり捨てて、殺戮《さつりく》の歓楽を満喫する。つづいて、甦った古き神々が新しい殺戮の方法を教え、地上は大虐殺の焔に包まれ、自由の法悦を味わった信徒たちが狂喜乱舞する。その日の到来まで、神理大腾讯々復活の予言にかなった祭儀をつづけて、古き時代の記憶を維持しなければならぬのである。
 かつては選ばれた人々に、墓所に閉じこもった神々との交信が夢のなかで許されていたのだが、その後そこに何ごとかが生じた。石の都ル・リエーが巨大な石柱と墓所ともども深海の底に沈んで、思考も透徹できぬ原初の謎にみちた波浪に蔽われたことから、夢のなかでの交感が断ち切られた。しかし、記憶は死に絶えることがなく、いつかかならず、星辰が正しい位置に戻り、ル・リェーの都がふたたび地上に浮かびあがる日がくると、高僧たちの予言があった。そしてときどき、かびくさい影に包まれた黒い大地の精霊が訪れては、深海の底の洞窟からの便りを言伝てるのだ。とはいえ、この精霊については、カストロ老人も多くを語ろうとはしなかった。急いで話を打ち切って、どう説得してみても、その方面のことは口にしようとしないのだった。いわゆる〈偉大なる古き神々〉についても、具体的な点に触れるのを奇妙なくらい避けた。ただ、教団に関しては、なおも説明をつづけて、径《みち》らしい径もないアラビア砂漠の中央、石柱の都イレムが昔のままに眠っているあたりに、その本部がおかれていること、西欧の魔女崇拝とはまったく無関係であり、信徒以外には事実上知られていないこと、この教義に言及した書物は一巻も残存していないことなどを明らかにした。そしてさらに、例の不死の中国人から教わったといって、この教団に加入を許された者が必読すべき、狂気のアラブ人アブドゥル・アルハザードの『死霊秘法《ネクロノミコン》』に、二とおりの解釈が論議さると、次の二行を引用した。
 
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永遠《とわ》の憩《いこ》いにやすらぐを見て、死せる者と呼ぶなかれ[#「永遠《とわ》の憩《いこ》いにやすらぐを見て、死せる者と呼ぶなかれ」太字]
果て知らぬ時ののちには、死もまた死ぬる定《さだ》めなれば[#「果て知らぬ時ののちには、死もまた死ぬる定《さだ》めなれば」太字]
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 ルグラース警部はこの証言を聞いて、強い感動を受けると同時に、少なからぬ当惑をおぼえた。それが彼の理解の埒外にある内容だったからで、とりあえずこの邪教の歴史的起源を探ってみたが、それもまた徒労に終わった。秘密は完全に保たれていると述べたカストロ老人の言葉に嘘はないのだった。トゥレイン大学の教授陣への問い合わせも結果は同じで、教義のことはもちろん、小石像についても、何の知識も与えてくれなかった。そこで、今次の考古学会の集まりには、全世界の最高権威者が顔を揃えると聞いて、早速駆けつけたわけなのだが、ここでもやはり、ウェッブ教授のグリーンランドでの経験談以上のことは

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